心に七色の虹を!!
誰にも、うまい下手にとらわれず夢中でお絵描きした『あの頃』があったはず・・・
あの頃思い描いた『夢』、あなたにしか出せない『色』、あなたにしか出来ない『生き方』を、7色アートと一緒に、思いっきり表現してみませんか?

  • 知覧から無事に帰ってまいりました!

    2017年4月10日



    『ますらめ知覧ツアー報告その1』

    8日。鹿児島空港上空で厚い霧に着陸を阻まれて、名古屋空港にUターン→初めてのベンチ泊。

    翌9日。リベンジをかけて無事に鹿児島に着陸できたことは倍の喜びでした!

    10年振りとなる知覧の特攻平和会館は満開の桜が迎えてくれました。

    母上様 兄上様
    小学校通学する時「行って参ります」と云って出かけた事を思い出します。
    本当に嬉しさで一パイです。
    デハ「行ッテ 参リマス」ご機嫌よう。
    四宮 徹少佐(22歳)
    (出撃直前、特攻機に乗り込むため歩きながら書いた手紙)

    初めて知覧を訪れた他の3名は、遺書などの展示物を観て、恨みや悲しみなどのオーラではく、

    とても爽やかで神社を参拝するような、清々しいものを感じたと口を揃えていました☆彡

    私は、時折込み上げてくるものを抑えつつ、遺書にかじりつきました…

    彼らの言葉にはたくさんの愛が溢れています。

    幸いにご縁を頂いております、特攻平和会館の初代館長の板津忠正さん(享年90歳)のご子息であられる板津正利さんから

    「父が寄贈した古びた灯篭(石が欠けている)をみつけ、名前の裏に記された文言を見て頂きたい」

    とのミッションを仰せつかり、4人で一生懸命探し、遂に発見!!

    お名前裏には『特攻隊生残者』(生『存』ではなく『残』)と書かれていました。

    その意味を翌日、鹿児島からの帰りに板津さんのお宅(愛知)に訪問させて頂いた際に、

    『残』に込められた、自分だけ生き残ってしまった、何並みならぬ悔しさが込められていたようです。

    その悔しさこそが、特攻を風化させまい!という使命に目覚めたその後の原動力に繋がったと思います。

    板津忠正さんは、
    知覧は『自分を見つめ直す所』と仰っておられたそうですが、

    私達にとってもそれぞれが自分の『志』を固める旅になったのではと思います。続く…