20日(金)雪の日、東京水道橋の千代田区ボランティアセンターでの「神田雑学大学」で「政治と生物学のはざまで〜船橋市放射線量・放射性物質調査・対策を例にして〜」というタイトルで講演をいたしました。
 市内のとどまらず首都圏全域の方々にお話し・質疑応答させていただく機会の中で、いろいろ学ばされました。

以下、参考にレジメをそのまま添付します。私のこの1年と、また人生50年(まだまだ若輩ですが)の、大雑把なまとめになっていますのでご参考にください。

●神田雑学大学講演レジメ

テーマ               
「政治と生物学のはざまで      
  〜船橋市放射線量調査・対策を例にして〜  

第一部 放射性量調査対策、被災者支援 
1、千葉県船橋を含む首都圏広域放射性物質汚染対策の取り組み(前段)
@3月11日 大震災・原発事故
  15、21・22日 首都圏への放射性物質飛来と雨による定着
(秘匿された文部科学省SPEEDI拡散予測地図)
A金町浄水場ヨウ素検出による発覚
B千葉県柏市の汚染を報道し始めた週刊誌
Cどこにもない船橋の報道(市原測定局・東大柏キャンパス測定の中間で)
D子育て世代に広がるGM管での放射線量自主測定とツイッタ―による情報交換
E学者たち(早野龍五さん・野尻美保子さん・勝川俊雄さん・早川由紀夫さん)
のツイッタ―発信
F放射化学会・分析化学会研究者による調査、名古屋大拡散予想マップ

2、5月28・29日、放射線量自主調査へ
  @調査要請してもなかなか動かない船橋市
  A箕輪はるかさん(慈恵医大助教)をお呼びした自主調査
  Bツイッタ―・携帯サイト発信と子育て世代の参加

3、市議会質問
  6月(学校・園計測→否定→後実施)・9月(場所ごとの計測→否定→後実施)

4、その他への広がり
  @東京電力株主総会・日本放射化学会・マスコミ
  Aシンチレーション式サーベイメータ購入と自主測定グループ「ふなばシんち測定隊」
5、原発被災で船橋に避難されてきた中学生の学習サポート(「がんばっぺ学習サポート」)

第2部、生物学(自然科学)と政治のはざまで(私の歩み)

1、1962年生まれ、薬害サリドマイドの年
2、1972年(10歳、小4)で見た映画「空がこんなに青いとは」(大阪ぜんそく)
「科学者になって公害をなくすか?政治家になって過度な経済活動を止めさせるか?」
いじめへの反発もあり勉強をする。理科(自然科学)好き。→科学者志望

3、1977年、中日新聞「公害は終わった」記事で公害はもういいかと思ってしまう。

4、1979年 アニメ「銀河鉄道999」(松本零士)
→アニメオタク、東大に行ってロケット飛ばそう

5、1981年、東大理T(物理系)入学
    駒場寮入寮・自治活動→「政治」に関わる
    1986年チェルノブイリ原発事故→物理系から生物系へ

6、1989年、駿台予備学校生物科講師

7、1999年、船橋市議

〜一見異なる世界(生物系学問の世界と政治の世界)の間の相違点を踏まえながらも
両世界を交流させていくことの意味〜