「ある夜の物語」

「メリークリスマス!」
クリスマス大好き店長の山田です!


今日はクリスマス
ですね~。

このクリスマスの
時期になると、毎年
思い出すお話があります。

僕がまだ中学生だった頃、
星新一にはまって
読んでいた時期が
ありました。

星新一さんは
ショートの神様と言われ
SF短編小説を得意とする
作家さんでした。

今回は星新一さんの
ショートストーリーから
クリスマスに
ぴったりの、
サンタクロースが
主人公のちょっと心が
優しくなれるお話を
紹介させて頂きます。

ちょっと長いので
読むのに10分位
かかります。(笑)

暖かい飲み物でも
飲みながら、ゆっくり
読んで頂くといい
かもしれません。





「ある夜の物語」

クリスマスイブの夜、
何もないその部屋には、
あまりパッとしない
青年が住んでいました。
暖房も十分でない中、
恋人もおらず、
とくに社交的な性格でなく
友人もいませんでした。
小型ラジオから流れてくる
クリスマスの音楽を
聴きながら、
青年はせめてもと
洋酒の瓶を取り出し、
グラスについでちょっと
呑んでいました。

「メリー・クリスマス」
と言ってみたかったのですが、
だれもいないのに照れくさく、
そしてちっとも
メリーじゃないのに気がつき、
声に出さずにいました。

それでも、いくらか酒に酔い
少しうとうとしたとき、
だれか人の気配を感じ、
はっと顔を上げました。

側にサンタクロースが
立っていました。

「変な芝居はやめて下さい。
ぼくはいま、あまり楽しい
気分じゃないんです。
ばかさわぎの仲間入りする
気はありません」

青年は何かの宣伝か
悪ふざけだと思ったのです。

「芝居だの、ばかさわぎだの、
そんな目的でここを
訪れたのではありません」

サンタクロースは
静かに自分が本物の
サンタクロースであることを
説明しました。

その口調、態度、触ってみると
心の休まるようなひげの感触、

部屋には鍵がかかっており、
普通の人間には入ってこれない
はずでした。
青年はいつしか彼が本物で
あることを実感しました。

サンタクロースは今宵、
淋しげなものを感じ
ここへ現れた、
贈り物でも願いでも、
青年の望みをなんでも
叶えてくれる、と言いました。

「クリスマスイブに
1回ぐらい、奇跡が
起こってもいいでしょう」

青年はこの幸運に喜び、
何を頼もうかと思案しました。
美しい恋人、もっと素晴らしい
住居、会社での昇進、
いや、自己の性格の
改善の方がいいかな、
もっとこう社交性の
あるものに…。

しかし、迷っているうちに
青年の心の中でなにか
変化が起こりました。

「ぼくが辞退したら、
あなたはよそを
訪れることになるのですか」
「それがお望みならばね」

「ぼくがいま、なぜこんな
気まぐれを思いついたのか
わからないし、ばかげたこと
だとも気づいています。
しかし、あなたの贈り物を
受ける権利というか資格が、
ぼくにあるかどうか。
それが気になってきました。
ぼくよりも、もっと気の毒な人
がいるはずだ。
たとえば、このもう少し先に
治りにくい病気で寝たきりの
女の子がいる、その子の
ところにあなたが出現したら、
どんなに喜ぶかわからない。
ぼくから回されたことは
黙って、その女の子の所へ
行ってあげてください」

ここで自分が安易に品物を
受け取ったりすると、
あとに反省や後悔が
残りそうです。

「ではそうしましょう。
あなたの言う通りに
しましょう……」

サンタクロースは消えました。
しかし、青年はこれから
彼がやってくれることを
想像し、楽しさを覚えました。
満足であり後悔はありません。
いやむしろ、目に見えない
素晴らしいものをもらった
気分でした。

「メリー・クリスマス」

青年は、今度は声に出して
そう言うと眠りにつきました。
きれいな夢を見ました。



「何か欲しいものがあるかい。
それを言ってごらん」
病気のため寝床に横たわり
本を読んでいた女の子は、
サンタクロースの出現に驚き、
最初は青年と同じように
疑問を投げかけていましたが、
やがてサンタクロースが
本物であると納得しました。

プレゼントは何がいいかしら…
おもちゃ、それともお友達
かしら、ずっと寝たきりで
話相手もいないんですもの、
それよりも病気が治って
元気になることの
ほうがいいわね…。

「まだ決まらないのかね」

サンタクロースに促され、
女の子は問いかけました。

「でも、なぜあたしの
ところへ来たの」
「じつはね、名前は言えない
けど、さっきある人のところへ
行ったんだよ。そしたら、
こっちへ行くように
すすめられたんでね」
「そうだったの」

女の子は常日頃、
自分が一人ぽっちだと
思っていましたが、
どこかに自分のことを
考えてくれている人が
いることを知って驚きました。

自分が見捨てられた存在では
ないことを知った女の子の
口からは、こんな言葉が
でました。

「あたし、なんにも
いらないわ。あたしより
もっと気の毒な人が
いるはずよ。たとえば
この先に住んでる金貸しの
おじさんなんかどうかしら、
あまり評判のいい人じゃ
ないから、きっとお友達が
いないんじゃないかしら。
今頃きっと寂しそうに
しているはずよ、
そこへ行ってなぐさめて
あげたらどうかしら」

「それがお望みなら
そうしましょう」
「さよなら、
サンタクロースさん」
「さよなら」

サンタクロースは消えました。
しかし、女の子の楽しさは
続いていました。
自分が辞退してまで
サンタクロースの貴重な権利を
回してくれた。
どこかで自分のことを
考えてくれている人がいる…
そのことだけで充分でした。
体に元気が湧き、
それが広がっていきます。
病気が治り始めたように
思えました……。


「こんばんは……」
「お金を借りにいらっしゃった
のなら、担保かしっかりした
保証が必要ですよ」
「いいえ、お金を借りに
来たのでも、借用した
お金を返済に来たのでも
ありません。なにか
お望みのものがあったら、
さしあげようというわけです」
「なんですって。妙な人だな」

机で帳簿をつけていた
金貸しの中年の男も、
最初は怪しんで
青年や女の子と同じように
質問しましたが、やがて
サンタクロースが本物で
あることを信じ始めました。

サンタクロースに
望みを訊かれ、
男は頭の中に金額の数字を
思い浮かべました。
しかし、それが自分でも
とどまるところを知りません。
われながら苦笑いしましたが、
一応現金でも構わないのかと
たずねてみました。

「かまいませんよ。
それであなたが楽しくなり、
心のなぐさめになるの
でしたら。
じつは、わたしをここへ
回した人の条件が、
それですので」
「なんだと。こんなに貴重な
権利を、こっちにゆずって
くれた人がほかにいたのか。
信じられないことだ。
頭がどうかしてるんじゃ
ないかな、その人……」

「名前は言えませんが、
頭がおかしい人では
ありませんよ。
よく考えたうえで、
そう決めたのです」

男は考え込みました。
さっき頭の中で
巨額な数字を並べたことが、
ちょっと恥ずかしく
なりました。
そして、自分にはすでに
金があるのだということに
はじめて気がつきました。

となると、金では買えない
ものがいい、今までこんな
商売をしてきたので、親しい
友人がなかった、
それが欲しい。

しかし、すでにそれが
あることにも気づきました。
サンタクロースをここに回して
くれた人が社会のどこかに
確実にいたのです。
それなら、もう何もいらない
じゃないか。男は言いました。

「どこかよそへ行ったら
どうですか」
「欲のないかたですね」
「欲はあるさ。しかし、
欲しいものは自分の力で
手に入れる主義なんでね。
ここへ来て頂いたご好意には
感謝するよ。
サンタクロースなら、もっと
気の毒な人のところへ
行ってあげたほうがいい。

たとえば裏社会で企みを
やっているような一団なんて、
内心はそりゃ荒涼とした
ものじゃないだろうか、
そのボスんとこに行って
慰めてやったらどうだろう」

「では、そうしましょう。
さよなら」

サンタクロースは消えました。
男は、帳簿をしまい
楽しい気分のまま
眠りにつきました。

今の商売をやめるつもりは
ないが、営業方針を少し
変えるとするかな。
サンタクロースをここへ
回してくれた人が、
店に金を借りに来ることも
あるかもしれないしな、
とぼんやり考えながら…。


「やい。変な格好をして、
誰だ。どこかのスパイだな。
だが、ここへやってきたから
には、無事には帰れないぞ」
「私はサンタクロースです」
「子どもだましの、
ばかげたことを言うな」

地下室に潜んでいた男は、
急に現れた怪しい者に
拳銃をぶっ放しました。
しかし、弾丸はカーブを描き、
コンクリートの壁に
跳ね返りました。
そのことで男は、
サンタクロースが本物で
あることを直感しました。

「信じられないが、
信ずる以外になさそうだ。
これは失礼なことをした。
しかし、なんで
サンタクロースがここへ……」
「ある人が、ここへ行くよう
わたしに提案しましたのでね。
なにかお望みのことがあれば、
どうぞ。かなえてあげます」
「そうだな……」

男の人生は今まで、
いいことは一つも
ありませんでした。
そのため、彼は社会に対して
憎悪の炎をむけるように
なりました。
それだけならまだしも、
仲間を集めて現実の行動に
移そうとしていました。
望みは世界の破滅。

国と国との対立を煽り、
戦争に発展させようとの
陰謀も準備してきた
ところでした。

サンタクロースに願えば、
あるいは叶えてもらえる
かもしれない。
しかし、それを実現させれば、
サンタクロースをここへ回して
くれた人も巻き込んで
しまう……。

男の心の中の強固なものが
崩れ去っていきました。

「妙な気分だ。こんな心境では
望みのものなどきめられない。
しばらく考えさせてくれ」
「しかし、クリスマスイブも、
もうまもなく時間ぎれです。
来年あらためて
出なおしましょうか」

「そうだな…。いや、
来年はべつな人の所へ
行ってくれ。
おれの考えは変った。
あなたがここに出現してくれた
ことだけで満足だ。さよなら」
「さよなら……」

サンタクロースは消えました。
そして、雪にとざされた、
ある場所の、自分の家に
帰り、袋を肩から下ろし、
しまいました。

窓の外には、晴れた夜空に
星が和やかに輝いていました。
サンタクロースは、
もしかしたら、
今日最も楽しさを味わったのは
自分ではないかと思いました。

おわり


星新一 短編集
「未来イソップ」より



今年はあなたの所に、
サンタクロースが来るかも
しれませんね。

あなただったら
サンタクロースに
何をお願いしますか?

では!

「メリークリスマス☆」